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[デーリー奥羽]南部福岡市、「九戸市」へ 住民投票で賛成多数に

南部福岡市中央公民館にて(写真:デーリー奥羽)
南部福岡市中央公民館にて(写真:デーリー奥羽)

 5月6日、南部県南部福岡市が住民投票の結果、新たな自治体名として「九戸市」を採用することを決めた。


 市の発表によると、投票の内訳は有権者12万3452人のうち、賛成4万2356票、反対1万1780票で賛成多数だった。


 一連の名称変更議論は、現職の海沼由紀市長が公約として提唱したもの。海沼市長は、住民投票の発議に際し、

「ここの歴史を象徴する名前はやっぱり『九戸』。市民とくに子供たちがこの土地の深い歴史に思いを馳せるきっかけとなってほしい。」

と市議会で熱弁していた。


〇「南部福岡市」の由来とは

 変更前の「南部福岡市」という自治体名は、藩政時代の地域区分である「福岡通」、ひいては二戸地区に存在した福岡城に由来する。

一方で、通を継承したうえで合併形成された現市域には、歴史的な通称が広く使われてきた。個別の地区を「一戸」や「二戸」と呼ぶケースが多く、「福岡」も数百年の歴史ある名称であるにもかかわらず、浸透していない。


 「九戸」という新名称は「福岡」よりもさらに歴史を遡る。戦国時代末期、九戸政実の乱で豊臣氏の軍勢によって落城、改築されるまでの間、福岡城は「九戸城」と呼ばれて親しまれていた。


 海沼市長はこうした事情を踏まえ、浸透しきらない旧名称の代わりに、九戸党の歴史を前面に押し出した形となる。海沼市長は住民投票に際し、以下のコメントを発出していた。

「この土地は、藩祖信直だけでなく、豊臣政権の大大名の軍勢を前にしても、寡兵でも、戦った歴史があるんです。現代社会は大きな波に流されそうになることもある。でも市民の皆さん、特に子供たちに、そうした九戸党の心意気を持ってもらいたい。その気持ちが街おこしの活力にもなるんです。」


〇投票参加者の声は

 参加者からは、名称変更に好意的な意見が寄せられた。

「福岡という名前は被ってもいるし、もっと細かい地区で呼ぶから愛着もない。九戸だったら歴史もあるし、何か変わるのでは。」(南部福岡市、48歳男性)


一方で懐疑的な声も見られた。

「歴史があるというけど、(疑問には)思いましたね。九戸って言ったら、軽米の方の九戸でしょう。政治の都合で他人の土地の名前を奪っているような感じがして、申し訳ない。」(南部福岡市、68歳女性)

 
 
 

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