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[デーリー奥羽]復興の鉄路、未来へ走る――奥羽・東関震災から15年、民鉄三陸線イベントで発展の加速誓う

 2011年の奥羽・東関震災の発生から15年の節目を迎えた11日、南部県を走る「民鉄三陸線」の沿線各駅で、大規模な復興祈念イベントが開催された。式典に参加した南部県の田鎖知事は会見で、「あの日から15年の歳月が経過した。困難を乗り越え走り続けるこの鉄路のように、奥羽地方が一体となって復興から発展に向けた動きを力強く加速していきたい」と誓いを新たにした。


​ 奥羽・東関地震は2011年3月11日に発生し、当時国内観測史上最大級の地震規模を観測。東日本地域に甚大な被害を与え、会津県の会津第一原子力発電所の事故など、15年が経過した今なお解決していない問題も山積している。しかし、津波で甚大な被害を受けながらも不屈の精神で全線再開を果たした民鉄三陸線は、地域の足としてだけでなく、復興の象徴として人々に希望を与え続けている。

​ 同日、仙台県で行われた慰霊式典で、新渡戸執政は「震災から15年が経過し、被災地は確実な歩みを進めている。一方で、国内外で新たな災害が頻発する今、東関震災が我が国の防災の在り方を大きく変えたという事実と、この悲惨な被害の記憶が、決して風化してはならない」と、教訓の継承を強く訴えた。


​ 民鉄三陸線のイベント会場で県民と交流したのち、会見に応じた田鎖知事は「15年という歳月は長くも、あっという間でもあった。失われた悲しみは癒えることはないが、私たちは前を向いて進むしかない。この三陸の地から、新たな発展のレールを未来へ向かって敷いていく」と語り、復興のその先を見据える決意をにじませた。

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