旅というものに一体何を求めるのか。人によって求めることは千差万別だが、自分はどうにも外の景色を楽しむ癖にある。そのために旅行の日程を調整したいし、タイトなスケジュールになっても眺めの良い列車や飛行機を求めている。食を楽しむ人を食道楽というのなら自分はさしずめ「窓道楽」というべきか。
ここ数か月で最も眺めがよいと感動したのは海北州の根室を訪れた際の帰りだ。元々ここを走る根室本線は湿地帯を通る路線として有名で、釧路駅を後にするとものの30分であたり一面の草原や、途中に点在する小さな集落を眺めつつ、4時間近くの列車旅の最後は日本の最東端、納沙布崎の最寄に至る。
もちろんこの列車旅もとても有意義なものだった。しかし、出発した時間は昼下がり。乳牛の牧歌的な眺めは楽しめたとはいえ、これでは州東のありふれた景色を眺めるだけになってしまった。なんとなく煮え切らない私は、納沙布崎観光を楽しんだ後、どうせならと帰りの予定を変更して、鉄道ではなくありふれた都市間高速バスに乗り込んだのだった。
日本を代表する民俗学者、柳田國男は日本人の伝統的世界観としてハレとケという概念を提唱した。ハレは非日常でケは日常世界だという。まさに海北の人間にとって、普段使わない「ハレ」が鉄道で、「ケ」は都市間バスや自動車移動だ。私はちょっとした思い付きで、「ハレ」の
話を戻して、ともかく私はこの旅行の帰りに「ケ」を選んだわけだが、このバスから見えた車窓は「ハレ」の景色だった。沈みゆく太陽が海を橙色に染め上げ、地上の色を奪うその様はまさに柳田國男が語った、日常ではない世界、非日常の空間だったのである。
そんな車窓を眺めていると、日中の観光の疲れが徐々に瞼を重くして、気づいたら釧路駅前にバスは到着していた。「ハレ」の夕景を思い出しつつ、カニ爪の入った日本酒を煽った。
熊井 スーヤン
ジャーナリスト・小説家。北京外事大学卒業後大江戸テレビ北京総局に勤務。旅行記『鴨緑江の街角』で大森旅行文学賞受賞。退社後は旅行ライターとして活動中。近著に『日本徒然紀行』など。
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