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[第二回]微睡の舷窓から

更新日:2022年8月16日

 

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私は中学時代からほとんど風邪をひいたことがない。自慢ではないが、個人的に体が強いほう──というよりかは生命力だけは異常に発達している──と思っている。昔北京総局にいた頃も、カイロ支局にいた頃も食あたりはしたことがないし、雲南のシーサンパンナの方にある少数民族の集落で1か月ほど取材した後の健康診断も全く問題なかった。


 そんな私だが、つい数日ほど前に高熱を出してしまった。けだるい身体に鞭打って近くの診療所に行ったところ、夏風邪をこじらせたのだろうと言われ解熱剤を処方してもらった。

 発熱時に2錠といわれていたので、帰宅後直ちに服用してそのまま寝たのが午後2時。ひと眠りして起きたら午後8時を回っていた。驚くべきことに熱はわずか6時間で1度下がり、あっという間に平熱に戻っていた。しかしどうにも食欲が湧かない。風邪をひいたときはとにかく食べられるものを食べるべきというのは我が家の家訓だが、帰宅するまでが遠足というかの如く、運の悪いことに帰宅の途上、スーパーやコンビニを素通りしてゼリーすら買わずに真っすぐ帰宅してしまったのだ。


 布団の上で意味もなく胡坐をかき、どうしようか悩んでいた時、北京時代に取材で出かけた内蒙古自治区でのエピソードを思い出した。同僚が移動の疲れで軽く熱を出していたのだが、現地の取材相手の家で茶を出してもらったのだ。同僚はこの茶を飲んで少し眠ったらあっという間に元気になりえらく感激していたことを覚えている。このお茶を出してくれた奥さんは、この茶はタタールスターンや内蒙古では一般的な乳茶である、スーテーツァイだと教えてくれた。

 確か身近なものでもそれなりには再現できるのではないか、そう思い立ち作ってみたところ、牛乳と茶のいい匂いが部屋を包み込む。早速飲もうと思ったが、ふと奥さんが「スーテーツァイはまず大地にあげるの。大地の恵みに感謝して頂くから我々も元気になるのよ」と言っていたことを思い出した。


 奥さんの言葉を思い出して、庭にスーテーツァイを少し撒くと、その甘い匂いのおかげで、かつての内蒙古の夏が私の前に現れた。

 

熊井 スーヤン

 ジャーナリスト・小説家。北京外事大学卒業後大江戸テレビ北京総局に勤務。旅行記『鴨緑江の街角』で大森旅行文学賞受賞。退社後は旅行ライターとして活動中。近著に『日本徒然紀行』など。

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