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特別対談:現実と非現実の境界線 『窃盗ヶ原漂流記』刊行記念 空想太郎(アニメ監督) × 妻鹿音之土賀阿波内(著者)


〇対談企画にあたって(編者)

この対談は、小説家・妻鹿音之土賀阿波内(めが ねのどがあわない)氏の最新ルポルタージュ(本人談)『窃盗ヶ原漂流記』の刊行を記念して実現したものである。相手は、現在放送中で日本中を席巻するアニメ『僕とジジイの物語』の空想太郎監督。現実と非現実の境界が曖昧な世界を描く両作品には、奇妙な共通項が散見される。

対談は、「時間の盗難と、境界線の消滅」をテーマとした前半戦と、「妄想と虚無の集積地」をテーマとした後半戦に分け、それぞれおよそ一時間にわたって行われた。

小説『窃盗ヶ原漂流記』は、東京・高田馬場と新大久保の間に存在する地図にない街「窃盗ヶ原」に迷い込んだ著者の実体験が綴られたルポルタージュ(著者主張)であり、一方、アニメ『僕とジジイの物語』は、内向的な青年「僕」が、魔術的な老人「ジジイ」と共に東洋諸国を巡る、マジックリアリズムとセカイ系を掛け合わせた冒険譚だ。

両者が交わした、「妄想」と「事実」の境界線を巡る熱い議論を、前編・後編に分けてお届けする────


〇前編戦:時間の盗難と、境界線の消滅

空想太郎(以下、空想): 妻鹿さん、本日はお忙しい中ありがとうございます。このたびご刊行されたノンフィクション、『窃盗ヶ原漂流記』。拝読させていただきましたが、率直に申し上げて、これは驚愕の私小説です。まるで私の手がけたアニメ『僕とジジイの物語』がそのまま現実になったかのような、そんな錯覚すら覚えました。

妻鹿音之土賀阿波内(以下、妻鹿): 恐縮です。ただ、驚愕の「私小説」と仰るのは少し違います。これは、私が実際に経験したことを記したルポルタージュですから。単なる都市伝説だとか、フィクションだと断じる方々もいますが、彼らは単に「自分の時間がまだ盗まれていない」という、幸運な現実を生きているに過ぎません。

空想: なるほど。「盗まれていない」と。その言葉の重みが、この本を貫いていますね。特に、高田馬場と新大久保の間に開いた、地図にない街、窃盗ヶ原。ここへの「入境」の描写からして尋常ではありません。三年間の留年と、自己の「決断する意志」の放棄がトリガーになるという。

妻鹿: ええ。私の場合、法大(編者注:大江戸法科大学。神田にキャンパスを持つ国立大学)での二年間の留年と、三度目の進級失敗が確定した深夜でした。あの時、自室の時計がカチカチと音を立てるのをやめ、秒針が逆回転を始めた瞬間を今でも覚えています。あれは、私の三年分の「時間」と「存在理由」が、物理的に吸い上げられている感覚でした。強烈な疲労臭と、世界中の「諦めた匂い」が混ざったような、あの強烈な化学反応の現場。あれこそが、窃盗ヶ原の「プロローグ」です。

空想: その描写は、私も胸に突き刺さりました。私の作品の主人公「僕」も、内向的で無力、そして現実と妄想の区別が曖昧な青年でした(編者注:空想監督のアニメ『僕とジジイの物語』の主人公「僕」は、自意識過剰で自他境界が曖昧な青年)。妻鹿さんの体験は、まさにその「自意識の暴走」が現実を歪ませたかのようです。

妻鹿: 暴走、というより、現実が私に合わせてくれたのでしょう。私はどちらの道(弁護士、研究者)にも進む覚悟を持てなかった。つまり、「自分の人生を自分で選ぶ」という決断を放棄したわけです。その「空白の時間」を処理するために、世界が次元の歪みとして「窃盗ヶ原」という場所を用意した。そう解釈しています。あの街は、怠惰な人間の尻拭いをするために存在する、ゴミ処理場のようなものです。

空想: そして、その街の入り口で出会ったのが、元天才ピアニストの青年(編者注:小説『窃盗ヶ原漂流記』の「駅前ストリートピアノ」の章に登場する、才能を盗まれ指先が鉛のように変色した青年)、彼が弾く「鉛色の音」。あのエピソードは、この街の哲学を端的に示しています。

妻鹿: 全くその通りです。広場に置かれたストリートピアノ。あれは、新宿駅の駅ビルから盗まれたものだと聞きました。ピアノを弾く彼は、かつて高田馬場の音楽大学で「天才」と呼ばれたのに、最終的に自己の才能を師匠に盗まれ、自己を諦めてしまった。彼の指先が鉛色に変色し、鍵盤から響くのは、彼の「挫折の歴史」と「諦め」が凝固したような、重く濁った音でした。

空想: 住民たちはその不協和音に熱狂する。なぜなら、その音は彼らの「失敗」や「失われた可能性」という、共通の「盗難の記憶」を呼び覚ますから、と。

妻鹿: ええ。あれは、一種の呪いです。彼らは、あの鉛の音を聴くことで、自分たちが「盗まれた」被害者であることに陶酔する。しかし、その根底にあるのは、彼らが自分で自分の才能を放棄したという、痛ましい事実なんです。私自身も、あの街に入った当初は「被害者」のつもりでした。ですが、あのピアニストを見て、悟った。「この街の住人は、皆、盗まれたフリをしているだけだ」と。

空想: なるほど。そう考えると、私の「僕」と「ジジイ」の旅で描いた、真実と嘘の境界線の曖昧さや、ボーイミーツガールを模した不条理な関係性にも通じるものがあります。妻鹿さんの次の体験、寨城に籠もる「思考泥棒」や、多国籍な飲み屋街の「歌姫」との出会いが、さらにその境界線を曖昧にしていきますね。その話は、後編戦でじっくり伺いたいと思います。

妻鹿: ありがとうございました。そして、空想監督。もし次に高田馬場か新大久保の裏路地で、時計が逆回転するのを見たら、くれぐれもご注意ください。それは、監督の「時間」が、窃盗ヶ原に値踏みされている合図かもしれませんよ。

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